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「自社起点の探索」と「顧客起点の探索」

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リーン・スタートアップのトレーニングをしていると起業家がよく迷うポイントの一つに「プロダクト・アウト」vs.「マーケット・イン」の問題がある。リーン・スタートアップは「徹底的に顧客のニーズを探れ!」と強調するので「ああ、マーケット・インでしょ」という誤解を持つ人が多い。

【プロダクト・アウトとマーケット・イン】

そもそも「プロダクト・アウト」は「作り手の理屈で商品を市場に投入すること」、「マーケット・イン」は「市場の声を聞き顧客が望む製品をつくること」というくらいの漠然とした定義しかない。それで「市場にモノが圧倒的に不足していた時代はプロダクト・アウトで行けたけど、成熟した経済のもとではマーケット・インに頭を切り替えなきゃ云々」というくらいの認識でいるひとが多い。

それでいて最近のSONYが批判されるのは決まって「ものづくりのスピリットを忘れた」という文脈だ。「街中に音楽を持ち出す」という革新的な製品を出した時、SONYは作り手のこだわりから新しいライフスタイルを創りだした。井深大の「市場は作るものだ」という言葉はそれを体現している。「ものづくり=プロダクト・アウト」というのはいささか乱暴な単純化だがプロダクト・アウトがダメなのは、それがただの作り手のエゴに堕してしまった場合のことであって(そうだとしたらその新製品が市場に受け入れられるかドウかは運任せということ)、高邁な理想を掲げて(大多数の顧客は言語化すらできていない)新しいライフスタイルを創造し、市場を創ることこそがメーカーの役割だ。かつてTOTOがウォシュレットを日本人に欠かせない生活スタイルとして定着させたり、スターバックスが世界中にカプチーノを中心とする快楽空間を広めたりしたのは「自分たちがいいと思うもの」を世の中に能動的に提案してきたからだ。

インプレス安田英久氏の整理によれば

・マーケット・インは「顕在化したニーズ」に応えるもの=事前の期待に応えるもの

・プロダクト・アウトは「顕在化していないニーズ」に応えようとするもの=事前の期待を超えようとするもの

としていて、我々はこの意味でリーン・スタートアップは「プロダクト・アウトをちゃんと進める方法論」と捉えている

【マーケット・インとアーリー・アダプター/メイン・ストリーム】

マーケット・インの定義自体が曖昧なので、別に目くじら立てることでもないのだけど、そこで暗示されている「顧客の声を聞く」というのは「徹底的で網羅性のある市場調査をする」と理解されることが多い。(違ったらごめんなさい)

一方で我々が提唱するリーンスタートアップの方法論では、アーリー・アダプターを大変大変重視する。最初に攻略するセグメントの規模の大小にこだわらず「あるアーリー・アダプターが特定の商品を必要とする構造的なしくみを徹底的に理解すること」に重きを置いて、網羅性は捨ててかかっている。もっと言えば「メインストリームから出るノイズを切り捨てることが大切」と言う立場から「顧客の声を広く集めすぎて商品のエッジがなくなる(=最大公約数的になる)」ことを戒めるのだ。

この意味でも「リーンスタートアップ=マーケット・イン」という理解はあたらない

【KR起点の探索 vs. CS起点の探索】

リーンスタートアップをプロダクト・アウトの類型と考えてビジネスモデルキャンバスで表現すると「KR(キーリソース)起点でVPを設計し、そのVPで訴求できるCSを探す探索活動」ということができる。

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最初にあたったCSが想定したVPを欲しがってくれない場合はVP「a」を固定したまま新しいCS「A’」を探索するピボットを行う。淡々と言っているが「CSから想定したVPが欲しがられない場合」のピボットは精神的にこたえる。これはリーンの掟で、カネと時間をつぎ込んだ後にそれがわかるよりはずっとよい、ということであるが、やっぱりクサることはクサる。

 

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さらに、あれこれCSを変えながらチャレンジしたにも関わらずいつまでたっても想定したVPが刺さるCSが見つからない場合は、ついにVPを「a」→「b」に転換してCSを探すことになる。

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一方で、自社の強み(KR)にこだわらず、まず「幸せにしたい顧客像=CS」からスタートして、そのニーズを探る方法論がある。最近はやりの「デザイン思考」は解決策(製品)ではなく「ユーザーにおける解くべき課題の特定」にこだわるという意味で、ビジネスモデルキャンバスで表現すれば「CS起点のビジネスモデル探索」ということになる。すなわち、あるCS「A」を徹底的に知る(または共感する)ことを通じて「A」が求めるVP(製品)のアイデアをたくさん出し、どれが「A」を満足させるVP(=a)なのかを探っていく。

このやり方のよいところは幸せにしたい顧客イメージが明確で、その顧客を観察しニーズを探るドロ臭い手間さえ惜しまなければ「ツラいピボット」を経験せず、プロダクトマーケットフィットのある強力なビジネスモデルが作れるところだ。

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ところが!

無目的にこの「CS起点のビジネスモデル探索」をやっちゃうと、お客のニーズ(CS)を徹底的に知り、そのニーズを的確に満たす解決策(VP)が特定できたのだが、そもそもそのVPを作る適性が自社には見つからない!という「あらら」がしばしば起こる。本当はこれが一番ツラい発見になる。「このCSにこのVPがばっちり刺さる!」という確信があるのに、そもそも自社はそのVPを提供できない、もしくは誰か別の人(=競合)の方がそのVPがしっかり提供できる立場にある!とか。もちろんその場合でも自社に足りないリソースを外部調達(=KP)してそのビジネスに参加するということは可能だが、それにしてもVPの提供にとっての中核的なリソース(それがKRなわけだけど)を外部調達するというのはアイデンティティ・クライシスを抱えながら走るということに他ならず、持続性に疑問が残るということはいえる。

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明示的にそうと宣言はしていないけど、我々は「リーンスタートアップ=マーケット・イン」という誤解を正しつつ、むしろプロダクト・アウトをちゃんと進めるやり方として、精神的にキツい(でもカネと時間は極力かかっていない内の)ピボットも早めに経験しながらプロダクト・マーケット・フィットのある(なおかつ自社の強み(KR)が活かせる)ビジネスモデルに辿り着こうぜ、と考えている。

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