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「ソニー復興の劇薬」

話題の新刊「ソニー復興の劇薬」。この界隈の人なら知らなきゃモグリといわれるソニーの新規事業創出制度「Seed Acceleration Program(SAP)」のすべてを詳らかにしている。
 
wena、HUIS、MESH、Aromasticといった個別プロジェクトやその案件オウナー達の群像(しかしみんな若いなあ!!!!)から制度を設計した人々への詳細なインタビューを通じて、SAPという大企業内新規事業創出制度がどんなポイントに気を配り、案件個別レベルにとどまらず制度そのものがどんな試行錯誤を経て磨き上げられてきたのか詳しく紹介されている。
 
僕達も大企業の新規事業創出のお手伝いをすることがあるので、この本で紹介されているSAPについてたいへん興味深く読んだ。
 
僕が格別take noteしたいのは、
 
A)「ソニー神話」「過去の呪縛」について自虐的ともとれるくらい客観的に認識している経営リーダー達がSAPという実験場にその弊害を持ち込まないための意図的な工夫をしていること。また中間層がその意図を汲んで「既存事業の常識」と「新規事業創造の考えかた」を注意深く両立させることに気を配っていること
B)「多産多死」を前提にして広く案件を募りながら属人性を極力排除したオープンなセレクションプロセスを通じて絞り込むマシーンが出来上がっていること、また「案件を推進するまでの当事者意識はないが新規事業創出に関心ある社員」が広く関与させる仕組み(社内投票制度や案件審査の公開化)を通じて会社全体としての制度へのbuy-inを高める工夫があること
C)何層もの仮説検証によるセレクションをくぐり抜けてきた案件には、人事面・資金面でシードステージ資金調達が完了した独立系ベンチャー並みの待遇が用意されていること
D)「注目度は高くても小粒」という批判に対して経営層が明確に反論する論拠を持っていること
E)書籍のなかに繰り返し「リーンスタートアップ」という表現が出てくるが、ことさらにそのノウハウそのものを訓詁学的に振りかざす社内担当者がないこと
 
上記の論点がなぜ気になるかといえば、僕達がお手伝いする新規事業開発の現場ではSAPと対照的な例がよくみられるからだ。
A)は大企業のイノベーション論で言われるAmbidextrous(両手利き)経営のことで、口先だけでなく平井CEO自らこれを実践していることは特筆に値する。逆にいえば、経営トップが掛け声としての「リーン」「アジャイル」を連呼する一方、現場は相変わらず「目の前のお得意さんに安心感をもって買っていただく」スタンスで仕事している例が非常に多いということだ。リーン・スタートアップの方法論には精通しているはずの新規事業創造の担当者自身が「このような小粒な案件では投資委員会にかけるもの気が引ける」というような言葉を吐くことが珍しくない。既存事業がある組織で全く違う思想のプロセスが走れば、あちこちでこうした価値観の衝突は起こるのは避けられないことだが、最後はトップが両手利きを徹底しないかぎり、新規事業は既存事業に負ける。
B)は元々「新規事業のDNAがあるソニーならでは」なのかもしれないが、四半期毎の「オーディション」に飽かず何十もの案件が集まり、そこから厳選された案件に集中的なサポートがなされつつも、仮説検証の過程でさらにふるいにかけられる仕組みが徹底していることがすごい。一方、僕達がみていて「ありがち」なのは、そもそも会社全体に新規事業公募に応ずる風土が乏しく「笛吹けど踊らず」、新規案件公募が少ないため「多産多死」が機能せず、スタートラインでは今ひとつなアイデアでもそれなりに個別の手間をかけて磨く素材に取り上げざるをえないという例が少なくない。リーン・スタートアップはアイデアを高速な仮説検証を通じて磨く手法ではあるが、結局事業の潜在性は「タネとしてのアイデア自体の質」×「そのタネを磨くプロセスに対するコミットメント」で決まるので、「アイデア自体の質」を担保する仕組みがないことには「労多くして益少なし」という結果になりかねない。アイデアの質を担保する第一歩が「アイデアの量」なのだが、ここは長く培われてきた企業風土が影響するところであって、一朝一夕に新規事業のアイデアが千客万来になるということはない。自社内でのアイデア創造の不足を補う対策として「アイデアを出す人とアイデアを実行する人を分離する」、「社外からアイデアを募る」といったものがあるし、僕達もそれをお手伝いしているが、いうまでもなく社内に起業家の土壌が豊かに存在している方がよいのは言うまでもない。
C)は、SAPでは審査をくぐり抜けた新規事業推進人材は既存の事業部から足を洗ってフルタイムで新規事業の開発に邁進する環境が予算ともども用意されているということだが、案外これが大きなハードルになる例は多。新規事業を担う人材も中途半端な人事異動しか認められない結果「片手間で」新規事業を立ち上げる羽目になったり、ひどい場合にはせっかく数々の難関をくぐり抜けてもなんら予算上の手当(MVPを作って売ってみるところまでの少額の予算すら)がなく、結局「自分で客を見つけてカネが回るようにしろ」というようなこともある。これでは何ヶ月もベンチャーキャピタルにプレゼンしデューディリジェンスで注文つけられた挙句「君は合格だ!ちなみにカネは出さないのでお客を見つけてブートストラップで頑張ってね」と言われるようなものだ。
D)どんな事業でも最初は小粒から始まるはずだが、数百〜数千億円規模の事業の環境で仕事をしてきた管理職ほど「なにたった1億円?なんだそりゃ!ウチが取り組む以上最低でも100億円程度が見込める案件じゃなきゃやる意味ないでしょ」というそっけない態度をとりがち。その点この本に出てくる十時氏(現・ソニーモバイル社長で過去にソニー銀行やm3の立ち上げを行った人物)が「規模の大小を議論するのは、あんまりゼロから作ったことがない人じゃないですかね」(p192)とコメントしているのにはドキリとさせられる。「小さく産んで、大きく育てる」ことは、多くの管理職にとっては未経験の取り組みだ。「大きく生むと大惨事になる」とは思わないものなのか。
E)は本を読んだだけではわかりづらいポイントだが、SAPを貫く背骨の哲学にリーンスタートアップがあるにしては、そうしたノウハウを座学で身につけた「社内コンサルタント」のような人物が出てこず、もっぱら案件を推進する本人と、制度を設計し運用する事務局があるだけということだ。本書に登場する「加速支援者」はリーンスタートアップの専門家ではなく、品質保証や生産管理といったモノづくりの裏方たちであって、むしろ既存事業の哲学ではMVPなんか許容するはずがない分野のプロが大真面目にMVPのリリースを手伝っている様が透けて見える。一方で僕達が手伝っているとありがちなのが、社内にリーン・スタートアップのノウハウに詳しい専門家を座学で育成して、その人達が案件推進者をコンサルタントとして支援させようとするパターン。こうなってしまうと一体会社としてのゴールが新規事業を生み出すことなのか、それとも新規事業育成制度を作ることなのかわからなくなってくる。だが、ソニーはそういう社内コンサルタントをつくることを放棄してもっぱら事業に取り組む推進者を増やすことに集中している。リーンの方法論の専門家は割りきって外部委託しているのではないだろうか。
始まって2年しか経っていないという意味では、SAPがこれから時間の洗礼を受ける制度であることは間違いないが、僕達が考える「大企業における新規事業創出のあるべき姿」の一つを体現しているという意味で、SAPからはこれからも目が離せない。
 
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