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Steve Blankブログ第2回『2017年ダルハウジー大学の卒業式祝辞』

Steve Blankブログの第二回はカナダのハリファックスにある名門大学であるダルハウジー大学の卒業式祝辞です。 音声言語、文字言語、活版印刷、新聞、ラジオ、テレビを経て、インターネットは7度目のコミュニケーション革命につながり、卒業生にその時代をどう先導するのか考えよとBlank氏は投げかけます。このテーマは同じ時代を生きることになる私達のテーマでもあり、そのことを考える良いきっかけになると思います。それではどうぞ。

2017年ダルハウジー大学の卒業式祝辞

6/1/2017 by steveblank            

〜より良い世界への道を作る〜

マクレラン総長、フロリゾーン学長、チャールボイス学部長、ヒュイット博士とキルフォリ博士の皆様、本日は卒業式典にお招きいただき有難うございます。また名誉学位まで頂きましたことに感謝します。 「祈りと労働(Pray and Work)」をモットーとする大学で講演できることを誇りに思います。貴学のモットーは私がアントレプレナーだった時のモットー「祈れば達成できる」と非常によく似ていますしね(笑)。

まず初めに、皆さんご卒業おめでとうございます。学位の取得は容易ではなかったはずです。今日は皆さんの門出を祝う日です。私はあくまで脇役ですが、皆さんの門出に際して一度考えてみて欲しいことをお話したいと思います。

今日の祝辞の準備に際して、前人未到の時代が到来する時に大学を卒業する人にはどんなメッセージを送るべきかと考えていました。例えば、文字が発明された時、グーテンベルクが初めて印刷機で書物を印刷した時、或いはラジオ放送が始まった時の卒業式だったらと考えていました。なぜなら、皆さんは将にそのような人類の歴史が大きく変わる瞬間にいるからです。私はテクノロジーが大好きで、起業家としてテクノロジーで世の中を変える挑戦を繰り返ししてきましたが、皆さんがこれから経験することになる変革はそれとは比較にならないくらい大きなものになるはずです。 コミュニケーションの手段が変化する中で時代の明暗を分ける舵取りを担う世代になる機会は滅多にありませんが、皆さんは将にそれに該当します。皆さんはとてつもない機会に恵まれる一方で大きな責任も負うことになります。

皆さんが直面するのは世の中の半分の人がスマートフォンを所有する時代です。人は平均200回もスマートフォンを見るとの統計もあります。皆さん自身も在学中にFacebookやInstagramなどのアプリで仲間と対話し、世界ともつながってきたことでしょう。このようなコミュニケーション手段はかつてはなかったものです。新たなコミュニケーション手段は人が入手できる情報に変化をもたらします。入手情報が変わることで人の脳の動きも変わります。変化の脳科学的な説明は解明中ですが、人の脳による情報処理の仕方は確実に変化しています。今の人類の脳はインターネットからの情報を最適に処理できるように再構成されています。

このような深遠な変化は人類の20万年の歴史でたった6度しか起こっていませんが、皆さんは7度目の変化に直面しているのです。脳の働き方が変わる度に人類は大きな躍進を遂げてきましたが、今回はどうでしょうか?まずは私たちの脳の変化の歴史を振り返りたいと思います。

皆さんは人類学の授業で人類の祖先は20万年前に出現し音声言語を使っていたと学んだはずです。人類は5千年くらい前までは情報を音声言語による「物語」で伝達してきました。人は焚き火を囲んで座り、星を眺めながら「語り部」による「天地創造の神話」、「英雄神話」やその他の娯楽的な話を想像力で行間も読み取りながら聞き取っていました。「語り部」の頭脳は何千年もかけて現代人でも不可能な長さの物語も暗記できるよう進化しました。

こうして「語り部」が10万年以上も「物語」を語るうちに未曾有ことが起こりました。中東の商人が「文字」を発明したのです。最初は文字は穀物高を記録するためのものでした。ちなみに最古の碑文には穀物高だけでなくビールによる祝杯の数を記録してあったらしいですが、大学での話題としては不適切ですかね(笑) 文字言語の出現により読み手には従来とは異なる情報処理能力が必要になりました。文の読み方と解釈の仕方を習得しなければならなくなったのです。文章を書く上でも新たな脳の使い方が必要でした。 文字言語の誕生は人類にとって吉と出ました。情報の標準化につながったからです。文字言語により、法律は明文化され、宗教の教典化が進み、指令は文で伝達されるようになりました。その結果、音声言語よりも大勢に伝えられるようになったのです。文字言語はより大きな社会の創設を可能にし、それによって政府の設立が可能になりました。 その一方で、文字言語は人間が相手を支配し弾圧する術にもなり新たな問題の火種になりました。

1440年のグーテンベルグによる印刷機の発明が世の中を揺らがします。15世紀の中頃までは、ほとんどの人達は文字を読めませんでしたが、書物の大量生産がそれを変えました。印刷機の発明後のたった50年で数万タイトルの書物が出版され、数千万冊が人に読まれるなどヨーロッパでは情報の大洪水が起こりました。書物は究極にはインターネット時代に大量のコンテンツに結びつくという恩恵をもたらします。書物は人々の脳を再構成しましたが、それだけにとどまらず社会の再構築を促しました。印刷機のおかげでマルティン・ルターの『95条の論題』は、2ヵ月で北部ヨーロッパに広がりました。その結果が宗教革命で、政治的、知的と文化的な新しい時代の幕開けをもたらすことになります。その一方で、情報や禁書へのアクセスが自由になった結果、教会や政府の教義への異端者が生まれ、そのもの達の虐殺にもつながってしまいます。

それから2世紀を経て新聞が登場し、マス・コミュニケーションが誕生します。最初の新聞はイタリアとドイツで出版され、あっというまにヨーロッパ中に広まりました。カナダでは、最初の新聞は当地で出版されました。ハリファックス・ガゼット紙です。19世紀の終わりまでに、新聞ではヘッドライン、イラスト、娯楽記事からなる様式が定番化しました。このような紙面になった背景には新聞そして広告を売るために、読者の批判的思考を減退させつつ感情を煽ることが優先されたことがあります。現在のオンラインニュースでもクリックを誘うヘッドラインが並ぶスタイルが踏襲されていますね。新聞によっても私達の脳は再構成されました。

次の波はラジオでした。ラジオは全国の聴き手に対する瞬時のコミュニケーションを可能にしました。広告主はラジオが優れた広告媒体であることにすぐに気づき広告を出しはじめます。政府の中にはラジオを大衆を欺くツールとして活用したところもありました。ラジオは「語り部」の再来の場にもなりました。私たちの脳はラジオを聴くように再構成され、ラジオ放送での音声言語から脳内イメージを作るために想像力が必要になりました。こうしてラジオの聴く人達の脳はまた新しくなりました。

ラジオの普及から30年も経たないうちに、テレビが現れました。テレビは音声だけのラジオとは大きく異なりました。テレビは、世界中の家庭と戦場に明かりをもたらし、人種、性別と階級に関する私たちの捉え方を良い方向に変える契機となりました。 一方でテレビは私たちの想像力を弱めました。テレビの長時間視聴は思考力低下につながります。消費者は「テレビに出てたあれが欲しい」と考えずに購買するようになり、テレビで私達の脳は再構成されましたが退化にもつながりました。テレビにより備わった人の新たな思考特性は政治家にも好都合となり、若くてイケメンのテレビ映えする政治家が選挙でも優勢となったのです。

以上の歴史を経て今日があります。インターネットについては、皆さんの生活に既に根付いていますのでその説明は要りませんね。でも、ちょっとだけ私が育った世界と対比させて下さい。私は、テレビは3チャンネル、新聞も3誌しかない街で17年間過ごしました。もちろんインターネットはありません。調べ物の定番は図書館でした。友人は自宅の固定電話か公衆電話で話しました。私の育ったニューヨーク市の話です。それ以外の都市ではもっと不便でした。 これからのインターネットありきの時代は、文字言語、印刷機、ラジオ、テレビが発明された後と同じ大変化の時代です。ソーシャルメディアが満ち溢れ、無限の情報ととどまることを知らないニュースの世界で、皆さんは卒業し歩いていくのです。新たなコミュニケーション手段の時代とそれに伴う頭脳再構成につながる7番目の波が起き始めています。皆さんの脳が情報処理する方法は、ご両親や祖父母、それ以前の人類とも違うのです。 過去6度のコミュニケーション手段の変化におけるアーリーアダプターはいつも変わりものでしたが、最終的には政府や企業が新しい技術を活用し新しいメディアを支配しました。インターネットでも同じです。 今日、中国、ロシア、北朝鮮と他の国々は、市民を巨大なファイヤウォールの中に閉じ込めて、コンテンツの閲覧制限をかけています。一方で、Facebook、Google、 Twitter他のソーシャルメディアは獲得する個人情報をもとにして収益につなげています。

皆さんにとってこのことは何を意味するのでしょうか? 皆さんは大学では専門家である先生が与える情報を受動的に得る日々を過ごしてきました。与えられた情報を批判的に考えるより、むしろ教えられた事の理解度で成績をつけられていました。しかし、卒業後の生活では、受け取る情報の信頼性は担保されてません。140文字の短文、写真、後に消えるメッセージといった小口情報も多く扱うことにもなります。そんな中で、皆さんは上手に情報を処理していく必要があります。

いつの世にもいわゆる「フェイクニュース」は存在します。これまでと違うのはフェイクニュースが友達から来る点です。 人はテレビや新聞の報道よりも知り合いから得る情報には信頼感を持ってしまうもので、このような人の習性がソーシャルメディアを強力にしています。Facebookはフェイクニュースの主要発信源です。Facebookは独自の記事を自社で書いているわけではなく単に情報配信だけのメディアですが、人々は記事閲覧や広告視聴をし、個人情報も提供しています。 AP通信とブルーンバーグ誌にはスポーツ記事や決算報道の自動編集ボット(bots)があります。読者がクリックしたくなる最適な記事のニュースを機械が編集する日も近いでしょう。そのうちコンピュータがフェイクビデオを製作するようになり、人が製作したビデオとの違いが見分けられない時代も来るはずです。真実のニュースと捏造フェイクニュースが友人から送られてくる時代に私たちはどうたち振る舞うべきか考えなければなりません。

私達はデジタルジャンキー(デジタル中毒者)にもなりつつあります。ソーシャルメディアでの情報消費と滞在時間が多くなるにつれ、これらのプラットホームへの依存性が高くなります。「いいね」を得たいがあまりに投稿が病みつきになり、時には薬物依存症のようです。ソーシャルメディアでは投稿やメッセージ交換に対して瞬時の反応があるため、それを見逃さないよう閲覧し続けてしまうものです。自分のアイデンティティや価値観は他の多くの人達からの支持で決まります。対立する意見を聞くより自分自身の見解を表明することでより感情的な報酬がもたらされるとの調査結果もあります。自分自身の見解を支持する情報源や人々を追い続けるとそれがどんどん助長されるようになり、究極には二極化した世界につながります。ソーシャルメディアが人々の感情と広告閲覧をマネタイズしている世の中で生き残るには、自分らしく生きることが大事です。

インターネットは私達を分離できるし、団結させることもできます。語り部、文字、書物、新聞、ラジオ、テレビとインターネットという過去20万年間に起こったそれぞれの波は 、早く効率的にコミュケーションが出来ることで世の中は良くなるはずだという楽観的な考えから始まりました。そうすれば、人々はより団結でき、より賢くなり、新しいことを学べてより良い世界にできると考えていたわけです。これらの事は全て実現しましたが、それと当時に悪用による弊害も生み出されてきました。

それにも拘わらず、現在の人類はこれまでの歴史の中でかつてない良い時代を過ごしています。人々のコミュケーション能力が進化するたびに、暴力や知識格差を是とする世界を否定して、知識と協力により文明は進歩してきました。 大変革というものは始まった時には明らかではないものです。石版に初めて文字が書かれた時に「今日から全てが変わる」とは誰も言いませんでした。最初の聖書がグーテンベルグの機機で印刷された時に、誰も「数十億冊の聖書が印刷される」といいませんでした。皆さんの誰一人としてかつての時代に行きたいとは思わないはずです。大事なことは皆さんの子孫に自分たちの世代は暗黒時代の始まりではなく、素晴らしい時代の幕開けだったと伝えられることです。インターネットとソーシャルメディアにより人々が迅速かつ協調して活動できるようになりました。画期的な技術が従来にも増して早く社会に実装されています。企業経営もますます効率化される時代です。

2017年の卒業生の皆さん、スマートフォンの電源を入れ、より良い世界に繋がる道を作りましょう。これからの世の中は皆さんにかかっているのです。 ご清聴有難うございました。

Blank氏による祝辞の動画はこちらでも視聴できます。

オリジナル原稿

Dalhousie University Commencement Speech – 2017

翻訳:山本雄洋、監訳及び編集:ラーニング・アントレプレナーズ・ラボ 堤孝志

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