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「100億円ルール」と「イノベーションのジレンマ」

大企業で新規事業を立ち上あげようとすると決まって出てくる殺し文句に「目の付け所はいいし、ユニークだとは思うけど、そもそもこのビジネスって市場が大きくなる感じしないなあ。ウチ(=社名)がやる新事業なんだから100億円くらいは行かないと、ねえ」というのがある。実によく出てくる。さらに「そのくらいはスケールできそうな確信がないと、わざわざ人とカネを出すのはむずかしい」とも。

我々がスタートアップと話をしているときもこういったスケール論(=しょぼいニッチ市場のビジネスなんかやっても意味がない)はもちろんイシューになるけど、そのときは「将来の大きな潜在性をアピールする前に最低限事業の継続性が担保できる程度の(=ブレークイーブンできる程度の)顧客を捕まえるところまで進んでみて、そこまで進んだことで検証できる材料を集めながらスケールする戦略を練ろう」と言います。『リアル・オプション』の考え方ですね。

我々のワークショップを体験されたアントレプレナーならご存知の通り、あるニーズのメカニズムを持つアーリーアダプターのセグメントを集中的に攻略しながら、それに隣接する(=ニーズのメカニズムの抽象化によるスコープの拡大)セグメントを個別に攻略する方法論を意識して、大きな投網を投げるのではなくドミノを一つ一つ倒すようなアプローチでスケールしましょう、と心がけます。我々がお付き合いのあるアントレプレナーはこの理屈に納得して一歩を踏み出します。

一方、大企業ではここを超えるのが非常に難しい。実に不思議です。

…と、ここで唐突にクリステンセンの『イノベーションのジレンマ』のプロセスをむちゃくちゃ端折ってスタートアップの言葉に置き換えて紹介。

第一段階=市場を破壊的に変革する製品やサービスの初期的アイデアはその市場のリーダーである大企業の内部で非公式に生まれるケースが多い(スタートアップが最初の発案者であるケースは必ずしも多くない)

第二段階=新製品や新サービスの提案者が社内でイノベーティブな製品やサービスの提案をすると、顧客接点のある営業部隊が既存の利害関係者にニーズを聞くことになる

第三段階=既存市場の既存顧客にとっては「従来のユースケースを破壊的に変革する新しい製品やサービス」は、現状のユースケースにおける最低要件を満たさないので、歓迎しない。で、営業部隊も経営も破壊的なアイデアを却下して既存の製品サービスの改善にリソースを集中する。「利益率が低く市場規模も小さい新しい市場」よりも、既存市場の上位(高機能高額)製品サービスの方が利害関係者(従業員や株主)の理解が得られやすい。こうして既存の製品やサービスが、既存顧客が求めるニーズを超えた過剰品質になっていく(=投下した開発リソースに見合った需要が生まれない)

第四段階=既存企業が既存製品を既存顧客に売り込むつもりで過剰品質のワナにハマっている頃、スタートアップが破壊的アイデアを事業化し、試行錯誤のすえに既存顧客のユースケースと異なる機能要件の小さなケースを開拓してそこを「足がかり市場」にする。これは必ずしも意図してそうなるのではなく、既存市場の既存顧客にチャレンジしたところ門前払いになってしまい、やむなく既存顧客とは異なるニーズを持つ新しいセグメントを探索せざるを得なかっただけ。この間既存企業は、その足がかり市場の小ささを言い訳にして対応せず放置する

第五段階=スタートアップは小さな足がかり市場で生きながらえつつ、破壊的な製品やサービスに持続的改善を加えることで、既存企業が相手にしてきた既存顧客にとっての最低要件を満たすことができるように製品やサービスを進化させる。こうして既存市場の低価格セグメントが侵食され始める

第六段階=既存市場の侵食が看過できないスケールになってから初めて、既存企業が既存顧客を防衛するために対応し始めるが時すでに遅し。既存市場における世代交代が起こってしまう

うーむ。クリステンセンの用語はスティーブ・ブランクの言葉に比べて学術的だけど、顧客開発の理屈を理解している人には「あー、そういうことね」とすんなりわかりますよね?

大企業が新規事業に規模を求めるあまり一歩目が踏み出せないのは、そうして食わせなきゃならない従業員が多いからセコいビジネスには価値がない、というわかりやすい理屈はあります。スタートアップの方が組織が小さいから小さなビジネスを許容する柔軟性がある。この柔軟性が『リアル・オプション』を手に入れるカギになる。でもこのコスト体質からくる市場規模硬直性の話以外に「既存顧客が既存のユースケースで求める機能要件のジレンマ」があるんだよね。一時的にそこを失ってでも破壊的な製品サービスに飛び移る勇気は、誰に求めるのも酷。だから「ジレンマ」。

我々は大企業とお話する際、既存事業を運営知るフィロソフィと新規事業を探索するフィロソフィを明確に分ける「一国二制度」が必要と申し上げますが、行うは難し。ここを超えてて我々の提案につきあってくれる大企業は、既存の事業部門から離れたドメインに限定して新規事業を興そうとすることで「既存市場における既存利害関係者の要求仕様」から自由になろうとしているケースが多い。これはこれで自社の強み(既存市場における経験や顧客基盤やブランド)で勝負できない場所でたたかう宣言をするということなので、大変に勇気が要ることではある。でもあります。そういう企業も。頑張りましょう。

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